ドンキホーテ

 斉藤先生は、僕が小学三年生の時の担任だった。
色黒で、おさげ。黒曜石のように光る瞳はいつも笑っていた。
と、言っても、小三の僕に、そんなことは関係なかった。

 

 ある日の図工授業、
僕は、マッチ箱にぜんまいを仕掛け、
腕がまわるロボットみたいのを作っていた。
もともと不器用な僕には難題ではある。

 

 と、斉藤先生が「まぁ、これいいじゃない!この腕に刀を持たせれば、
ドンキホーテみたいじゃないの!素敵よ、頑張って」

 

 …ドンキホーテ?勉強というものをした覚えがない僕には、
それがなんなのかもわからなかったが興奮した。
それは、先生という人種が僕に話しかけてくれたこと。
それは、目立たない僕のやる気スイッチを押してくれたからだ。

 

 …だが、不器用な僕に、そのドンキホーテを作り上げることはできなかった。
でも、教室の後ろに並んだクラス全員の作品の中にドンキホーテはあった。
(斉藤先生が作ってくれたのかなぁ)。

 

 三年生の終わり。斉藤先生が、お嫁さんになって学校を去ることを知った。
最後の日。5段階の通信簿に、初めて4があった。もちろん図工だ。

 

 四年生になって、先生から手紙が来た。可愛い赤ちゃんを抱いた先生。
「もし、よかったら、みんなと遊びに来ない?」

 

 隣町にさえ行ったことない僕にそれは難題だった。
でも、僕はみんなを誘って、夏休みに先生の家に行ったんだ。
なぜなら、ドンキホーテのお礼をまだしていなかったから。

 

 今でも、群馬県のどこかの農家の縁側で、スイカにかぶりついている僕がいる。
先生の笑顔に見守られながら。

 

 

 

ファースト・キス

 

 

私の妹は8つ下。小さい頃から子分にしていたため、

 

男っぽい言葉遣いだが、顔はまぁまぁであった。

 

そんな妹も思春期な小六。

 

帰宅するなり、歯を磨き、喉をゆすぎ、手を洗う。

 

「どうしたのよ」

 

「どうもこうもねぇよ!川bの爺ぃにキスされた!うげっ!」

 

川bさんは近所の叔父さんで船乗り。年に数回、帰ってくるが、いつもお洒落にしている。

 

海外にいることが多いから、キスする習慣もあったのだろうが…

 

ツルッパゲの爺ぃに、ファースト・キスを奪われた妹。

 

今だったら、川bさん逮捕だろうな。しかし、運のない妹ではあった。

 

 

 

落ちない大学

「ええ、東京からは少し離れておりますが、静かで環境がいいんですよ。

 

海も山もありますし、大学生活には最高です。いいえ!それが、そんなに難しくないんですよ。

 

基本的には体力や気力を鍛えるカリキュラムが中心になりますが、

 

専門分野においては日本一の講師を揃え、また実験材料や設備も日本一!

 

さらに驚きの就職率100%!なんですよ!今なら特待生として入学料、無料ですよ」

 

「しかも、入学試験は身体検査だけかぁ、よしっ!おいらここに決めちゃおうっと!」

 

「そ、そうですかぁ。それはよかった!ええと、じゃ、入試は南相馬市で行いますので、と」

 

 

 

赤花

暑さ厳しき折、と暑中見舞いを書き出したら、

 

驟雨が走り、涼しい空気が頬をなでた。

 

冬物は仕舞い込んであるので、パジャマで重ね着に。

 

見れたものではないが、どうせ家に根が生えた身分。

 

文句を言ってくれる人もいない。

 

かはたれ時、微かに甘い香りが漂う。

 

「ああ、此れは」

 

亡くなった父が大切に育てていた東洋蘭だ。

 

生前、父は休みのほとんどすべてをこの東洋蘭に費やした。

 

お陰で真っ黒に日焼けし漁師のようだった。

 

「ほら」

 

たまに父が私に声をかける。赤花が咲いた時だ。

 

残念ながら、東洋蘭の繊細な奇跡に興味もなく、

 

私は「へぇ」と気のない返事をしただけであった。

 

蘭などと言うと、育てるのが難しいと思われるのだが、

 

父が亡くなって、母が一度、植え替えをしただけである。

 

母親はどちらかと言うと、他者に興味を抱かないタイプ。

 

父は繊細で、孤独に育ったこともあり、料理、洗濯、掃除、裁縫と

 

別に当たり前のように「静的」にこなすタイプだった。

 

残念ながら私その両親のあまり芳しくない部分を受け継いでいるようだ。

 

しかし、今年は東洋蘭の香りが妙に鼻を擽る。

 

百合のように過激でも蒲公英のように臆病でもなく、

 

微かに、しかし孤高の清らかさを持って、私を誘う。

 

温室を訪ねると、去年より元気に育っている。

 

勢いがよく、微妙なグラデーションのブルーが冴えている。

 

「ん?」ふと、下段のひとつが少女の唇のようにポチッと赤く咲いている。

 

「赤花かぁ」

 

ちょうど散歩から帰宅した母親に告げる。

 

「まぁ、いい香り。しかし、楽な植物よねぇ。

 

今年は春にそこのバケツの青い液体、

 

少し薄めて、撒いておいたのよ。あれがよかったのね」

 

父の東洋蘭たちは、運に恵まれている方だろう。

 

私にも運を。と、天空を見上げたら雨が降り出した。

 

「さっ、今夜は我が家特製のぎょうざよ!雨戸、閉めて」

 

「おっ、もう6時のニュースか」

 

残念ながら、私は若干、母似である。

 

 

 

痴漢はいかん

「…ちょっと、あんた!」

 

「は、はい」

 

「何、痴漢してるのよ!」

 

「そ、そんな僕は」

 

「ってか、まだ手の甲が私のおしりにはさまりっぱなしだし」

 

「あぁ。ごめんごめん。これ、義手なんだ」

 

「ぎしゅ?何よ、それ」

 

「ほら。合成樹脂のオモチャ。手の代わりだよ」

 

「あ。わたし、あの…知らないでゴメンなさい」

 

「いや、いいんだよ。しかし、この義手、いい思いしたなぁ。 こんな素敵な女性のおしり触わるなんて」

 

「あ、あの!本当にゴメンなさい。義手なら義手なら、

 ほら!私の胸やお尻もどんどん触わって結構ですから、どんどんどんどん」

 

「…それ義手じゃない方の手なんですけど…」

 

「あ」

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